Bリーグの盛り上がりや八村塁選手・渡辺雄太選手・河村勇輝選手といった日本人NBA選手の活躍で、バスケットボールは今まさに注目を集めているスポーツです。しかし、この競技がどこで生まれ、どのように世界中に広まっていったのかを知っている人は意外と少ないかもしれません。今回は、バスケットボールの発祥地と誕生のエピソード、そして世界・日本へと普及していった歴史を振り返ります。
バスケットボール発祥の地
バスケットボールが生まれたのは1891年、アメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドにあった国際YMCAトレーニングスクール(現在のスプリングフィールド大学)です。考案したのは、この学校の体育教師だったジェームズ・ネイスミス(James Naismith)。カナダ出身で、後にアメリカに渡って体育指導にあたっていた人物でした。
誕生のエピソード――「冬でもできる室内競技」を求めて
当時、ネイスミスは校長からある課題を与えられていました。それは「長く寒い冬の間、体育館の中で行える新しいスポーツを考えること」。アメリカンフットボールやラグビーのように激しくぶつかり合う競技では怪我のリスクが高く、かといってサッカーのように広いスペースを必要とする競技も室内には向きません。安全で、それでいて夢中になれるゲームが求められていました。
試行錯誤の末、ネイスミスがたどり着いたのは「高い位置に設置したゴールにボールを投げ入れる」というシンプルなアイデアでした。1891年12月21日、体育館のバルコニーの手すりに桃を収穫するための籠(バスケット)を打ち付け、そこにサッカーボールを投げ入れる新しいゲームが誕生します。これが史上初のバスケットボールの試合でした。ネイスミスが最初に定めたルールは、わずか13条だったといいます。
「バスケットボール」という名前も、このときに使われた桃の収穫用の籠(バスケット)とボールを組み合わせたもの。ちなみに、現在のようにゴールの底が抜けている形になったのはもう少し後のことで、初期は本当に籠にボールが入ったままの状態で、その都度取り出していたそうです。
世界へ広がっていく過程
誕生してすぐ、バスケットボールはYMCAのネットワークを通じて世界中へ急速に広まっていきました。YMCAの体育指導者たちが赴任先の国々でこの競技を紹介し、トルコやインドをはじめとする各国にも伝わっていったのです。
国際大会としては、1904年のセントルイス五輪でデモンストレーション競技として初めて披露され、1936年のベルリン五輪で男子競技として正式種目に採用されました。女子競技が正式種目になったのは、それから40年後の1976年モントリオール五輪です。
プロリーグの誕生も競技の発展を後押ししました。1946年にBAA(バスケットボール・アソシエーション・オブ・アメリカ)が設立され、1949年に別リーグと統合する形で現在のNBA(ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)が誕生。女子プロリーグのWNBAも1996年に設立されています。今ではバスケットボールを統括する国際バスケットボール連盟(FIBA)に200を超える国と地域が加盟し、世界の競技人口は数億人規模にまで広がっています。
日本への伝来
日本にバスケットボールが伝わったのは、誕生からわずか17年後の1908年のこと。アメリカのYMCAトレーニングスクールで学んだ大森兵蔵が、東京YMCAで日本人に初めてこの競技を紹介したのが始まりとされています。その後1913年には、YMCAの体育主事だったF.H.ブラウンが来日し、関東・関西を中心に指導にあたったことで、日本国内にも本格的に普及していきました。
そして、いまへ
体育館の壁に打ち付けられた桃の籠から始まったこの競技は、130年余りを経て、オリンピックの花形種目のひとつとなり、日本でも2015年に発足したBリーグを中心に大きな盛り上がりを見せています。一人の体育教師が「冬でも安全に楽しめる室内競技を」と知恵を絞ったことが、いま世界中の人々を熱狂させるスポーツにつながっている——そう考えると、バスケットボールの見え方も少し変わってくるのではないでしょうか。
参考:Springfield College「Where Basketball was Invented」、Naismith International Basketball Foundation、日本オリンピック委員会、東京YMCA ほか各種資料をもとに作成
